活動記録

梅津ようせいの、日々の活動の記録を綴っております。梅津ようせいをより身近かに感じていただけましたら幸いです。

平和都市山形から8月15日を想う

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今日は、終戦の日。
70年前の今日、あの戦いが終わり新しい日本が始まった日です。

私たちが過ごす今日の日本の繁栄と平和が、戦禍に倒れ、戦陣に散った皆様や我が国の侵略行為によって損害を被った国々の方々の犠牲の上に成り立っていることを思いおこし、二度とあのような戦争を起こしてはならないという反省と決意をしながら黙とうし、哀悼の意をささげました。

70年前のあの時はどうだったのか?
小さい頃に聞いた両親や祖父母の戦中戦後の話は、飛んできた米軍機から見えないよう小さな子供の身体を震えさせながら隠れたといった話や、戦後の混乱の中で着物などを売りながら食糧を買わなければならなかった餓えや貧困との戦いなど、今の豊かな生活からは到底考えられない話ばかりであったことを思い出します。

そしてまた、私の伯父が満州に渡り、ソ連軍の侵攻から逃げる途中で家族を失い、シベリアに抑留されてやっと帰国した話。
伯父はもう亡くなっており、また多くを聞く機会はありませんでしたが、戦禍に倒れた方々以外にも多くの日本人が様々な困難を乗り越えて、今や、世界で有数の繁栄国家を築いてきたことを思うとき、日本人としての偉大さや矜持を思わずにはいられないのです。

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私は我が国が歩んできた戦中、戦後の歴史や、私の親族が歩んできた道などを思い出しながら、日本の安心、安全を守ることが日本の繁栄を盤石なものとする上での基本であるとの認識しつつ18年間、我が国への着上陸侵攻や大量破壊兵器による攻撃や国際テロなどの脅威から国を守るという防衛の仕事をし、そして役人としての最後の2年間は軍備管理・不拡散・軍縮外交という国際の平和と安全を図り、脅威の低減を図る仕事をしてきました。

今、私は、新しい山形市の創造、山形市長選挙に挑んでおります。
平和は、唱えてだけいれば良いというものではありません。
これまでの私の経験を生かしながら、平和をこの地域から発信し、国際社会の一員であることを市民の皆様お一人一人が感じながら積極的に参画できる街づくり、「平和都市山形」づくりをせねばならない。

その思いを新たにしながら、終戦の日という日を迎えております。

「平和都市山形」の繁栄を実現し、将来につなげていくために全力を尽くしていくことをお誓い申し上げ、終戦の日に寄せた梅津ようせいの決意といたします。

平成27年8月15日
梅津ようせい
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