活動記録

梅津ようせいの、これまでの記者会見、声明文をこちらのコーナーに掲載しました。
日々の活動の記録も綴っておりますので、梅津ようせいをより身近かに感じていただけましたら幸いです。

皆様の幸せを作る市政でありたい

今日は、東日本大震災の月命日です。
先日、七夕の日の短冊に
「行方不明になった、お母さんが早く見つかりますように!」
「お父さんが天国で幸せに暮らしていますように」と
お子さんの願いごとが書かれていました。

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山形にも、東日本大震災を期に移住されたご家族がまだ沢山いらっしゃいます。
皆様の幸せを作る市政でありたい。

また私事ではありますが、五年前の今日、私が参院選で敗れた日でもあります。
あれから五年、ふるさと山形に帰り、その間、東日本大震災を経て私の中で様々な転機もあり防災士会を立ち上げ「ふるさと山形を守る」という気持ちがますます強くなりました。

そうした想いを強くする中で、ふるさと山形を何とかしたい!
災害があった時に真っ先にふるさとを守るために、最前線で働き皆様のお役に立ちたいという想いが強くなりました。そしてこの夏、山形の未来のために、オール山形の戦いが始まりました。
山形に住まう全ての皆さまと共に幸せな社会をめざしての戦いです。

私のこの夏の戦いは、まだ始まったばかりですが。ぜひ、皆様とともに山形に住まうすべての皆様とともに「オール山形」で、山形の未来を切り拓いていきたいと思います。
オール山形で、がんばろう!

梅津ようせい

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近藤洋介(衆議院議員)

近藤洋介(衆議院議員)

同志の皆様、改めましておはようございます。
(会場、「おはようございます」の大合唱)

梅津ようせい候補予定者を中心に、
「オール山形」で、新しい山形をつくろう。
その城が、今日、完成を致しました。

「人は石垣、人は城」でありますが、
先ほど、鈴木隆一先輩、選対本部長の
お話を聴いて、素晴らしい本部長をいただき、
そして今日、お集まりを頂いた皆々様のお顔を見ながら
「いよいよ、戦(いくさ)が始まるな」。
私も気合を入れ直したい、そう思っております。

(会場、しばし静寂に包まれる)

梅津ようせいさん。

皆様にご案内の通りでありますけれども、
本当に素晴らしい男です。

何が素晴らしい。これほど誠実な男を、私は知りません。

30年前から付き合っています。山形東高校の、1年後輩です。
大学も、同じゼミナール(小林節ゼミ)でありました。

6年前に、まじめな外務省の課長職だった梅津ようせいさんを

「山形を、なんとか救って欲しい。
 そして山形県の参議院から、この政権をつくろうじゃないか」

と言って、鹿野道彦先生とともに担ぎ上げたのが私であります。

「申し訳ないことをしたな。」

正直いって、梅津さんを思っています。

でも梅津さんは、真面目に、そしてひたむきに、
この6年間、活動をされて来られました。

そして先ほどお話のあったとおり、鹿野道彦先生の秘書官として
3.11の山形、これに「なんとかしたい」ということで、
震災と向き合いました。

鹿野先生をお支えした農林水産大臣秘書官時代、そしてその後は
地元・山形に戻って「山形防災士会」、新しい会をゼロからつくり、

山形県を、そして山形市を
「災害から守りたい」そんな地道な活動を4年間、いや6年間
続けて参りました。

「大地に根を張った候補が必要だ。」という言葉は、
本日はこの場にいらっしゃいませんけれども、
本間利雄先生の言葉であります。

まさに山形県が「山形らしく」いるためには、
天から降った候補ではなくて、

「大地から湧き上った候補が必要なんだ」というのが
本間先生のお言葉でありますが(会場、歓声に包まれる)、

まさに梅津ようせい候補予定者こそ
この蔵王の麓で生まれ育って、そして中央で20年間
修業を積んで、
そしてその修業を素に、ふるさと山形に帰って来て、

「山形を『オール山形』で立て直したい」。

そんな志を持った男であります。

どうか、皆さん。

梅津ようせいと共に「オール山形」で闘っていこうではありませんか。
(会場、割れんばかりの拍手と歓声)

私も普段は赤のネクタイではありますけれども、本日は
この日のために、珍しく緑のネクタイをして参りました。

本日、配布資料を見たら、イメージカラーは「グリーン」だと
いう事でありました。

もうすでに「以心伝心」なのかなと、そんな思いでございます。
(会場、和やかな笑いにあふれる)

本当に私、残念ながら一票も持っていない米沢の住人に
なってしまいましたが(会場笑)、幸いにも私を産んでくれた
おふくろが松波に住んでおりますので、
おふくろにも死にもの狂いで、いや本当にそうなってしまうと
困るんでありますけれども(会場苦笑)、
一生懸命、母にも力を借りて、私も同級生を一人ひとり確かめて、
本当に一兵卒となって。

この城を拠点に闘いぬきたい。このように思います。

共にがんばりましょう。
(深々と一礼、会場から割れんばかりの拍手)

―7月4日、事務所開きにて―

恩師からのメッセージ

このたびの決意表明後、わが生涯の恩師でもある小林節先生(慶應義塾大学名誉教授)より励ましのメッセージを頂きました。

ゼミナールの主題でもある憲法にはわずかの妥協も許さない、本当に厳しい先生でした。
けれども、その厳しさに裏打ちされた信念、そして絶対にぶれることのない姿勢には一点の曇りもありません。近頃は、とみにそう感じます。

小林先生、ありがとうございます。
先生の教えに恥じぬよう、全力で挑みます。

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平成27年7月2日(木)
小林節
慶應義塾大学名誉教授

貴君が山形市長選に立候補することを、心から嬉しく思います。

貴君は、山形と東京とアメリカで訓練を受けた秀れた人材で、
かつ、ご両親によって大切に育てられた素晴らしい人物です。
政治は、権力を用いて最大多数の人々の幸福を増進する業(わざ)ですが、
貴君こそその地位に相応しいと私は確信しています。
頑張ってください。

以上

自分の足跡をふりかえる

ホームページの模様替えにあたり、これまでの自分の足跡をふりかえる時間を持ちました。
「今まで自分は、どこで何を学んできたのか」。
自ずと、わが母校のホームページにも立ち寄らせて頂きました。

そうした中、思わず目にとまったのが蔵王一中・佐藤文昭校長先生が卒業生に贈ったメッセージでした。
蔵王一中に限らず山形の先生がたは、こうした想いで生徒たちと日々接し、見守ってくれている。
そんな事を思い出し、懐かしさとともに胸が熱くなりました。

このホームページにお立ち寄りいただいた皆様にも、佐藤先生の式辞をぜひ共有させて頂けると幸いです。

佐藤校長先生はじめ、先生がた皆様。
蔵王一中で学んだことは、私にとっても誇りです。

梅津ようせい


平成二十六年度卒業式  校長式辞

長かった冬も終わりを告げ、木々の花芽も少しずつふくらみはじめました。蔵王の裾野にも希望に満ちた春の息吹が感じられる頃となりました。

本日は、山形市教育委員会教育委員長 金村 勲様、PTA会長 閏間 光様、同窓会会長 松本文男様、教育振興会会長 金澤謙一様、同窓会顧問 荒井進様、学校評議員の皆様、第十七代校長 長谷川博明様、第十九代校長 東海林裕様、市議会議員 渡辺元様、学区内の学校の校長先生方、地域の皆様、PTA役員の皆様など、本校が日頃より、大変お世話になっている多くのご来賓の皆様方のご臨席をいただき、平成二十六年度、第六十八回卒業式を挙行できますこと、心からお礼申し上げます。

さて、ただ今、まぶしいほどの立派な態度で卒業証書を手にした、百四十二名の卒業生の皆さん、卒業おめでとう。皆さんは、蔵王第一中学校での三年間、いろいろな活動に精一杯取り組み、大きな成果をあげ、確かな成長を遂げてきました。

皆さんのことを語るとき、2年生の後半、生徒会を引き継ぎ、本格的に蔵王一中を引っぱっていこうとした頃からの成長には、目を見張るものがありました。心に強い思いがあって行動したときのパワーと心遣いに私は感心することしきりでした。そして、皆さんが最上級生となった今年度はじめ、皆さんの思いは、市の駅伝大会で見事に花開きました。

真夏の猛暑の日も、雪降る極寒の日も、早朝からの練習に耐えて力をつけた駅伝部の皆さんの頑張りは大変なものでしたが、それをサポートした人の協力、そして友のために声をからし、体をそり上げて、心を一つにして必死になって創りあげた、皆さんを中心とした全校生の大応援で、男女ともに県大会出場という、素晴らしい成績を収めることができました。ゴールとともに、応援していた生徒が感動の涙を流したということを聞き、応援の皆さんも選手と一緒に戦っていたのだ、これこそ、まさに共生の表れだったのだと思います。

最高学年となり、“声”のスローガンのもとに、全校生を引っ張る皆さんの活躍は続きました。

熱中症防止のため、水分を補給に注意しながら、練習方法や体力と技術力アップのために、いろいろな工夫を重ねてきた部活動。県・東北・全国の大会にコマを進めた部活もありました。「集え五色の闘志声で繋がる五軍の魂」のスローガンのもと短期間の中で軍をまとめ、各軍とも見応えのある熱戦と、甲乙つけがたい応援合戦を展開してくれた運動会。

そして、クラス全員の力を結集して、歌声はもちろん、心のハーモニーもよく響かせ、感動的な合唱を聴かせてくれた合唱コンクール。

これら、すべての活動を振り返ると、その熱気と感動がよみがえり、卒業生の皆さんの嬉嬉として躍動する姿が思い起こされます。

また、決して派手なことではないけれど、日々の仕事に黙々と取り組む人、具合の悪い人に温かい手をさしのべる人、みんなが去った後の教室を、人知れず綺麗に整えて帰る人など、友だちのため、学級・学校のためにコツコツと努力してくれた多くの人がいたことも忘れることはできません。このように、人がいやがるようなことに、前向きに取り組み、人のために力を注いでいこうとすることが、私たちが生きていく上で、とても大切なのだと思います、蔵王一中は、そのような多くの皆さんによって支えられているのだと、改めて感謝の気持ちで一杯になります。

そういう皆さんのことを間近に見て、後輩の一、二年生は、きっと、憧れと尊敬の思いを持ったに違いありません。一、二年生が雪が降った朝に、生徒会リーダーを中心に除雪の活動を行ってくれたり、三年生の学習の迷惑にならないように静かな環境づくりに配慮してくれたりしたことは、卒業生の姿が在校生を動かし、一つの伝統となって、しっかり受け継がれていくのたろうと思います。

現在の皆さんを見ていると、本校が大切にしているキーワードの共生、感動を全ての活動で実践し、活動を重ねるごとに、確実に自立を深め、今日火を迎えているように思います。

さて、そのような皆さんの卒業にあたり、はなむけの言葉を贈ります。

一つ目は、「命を大切に・自分を大切に」、ということです。皆さんが小学校を卒業直前に東日本大震災が発生しました。皆さんと同じような中学生が家族も友だちも先生も学校も、一瞬にしてもぎ取られてしまってから、もう四年もの月日が経ちました。自分の未来に希望を語ることさえも絶たれ、そのご家族もその夢に関わっていく喜びを絶たれてしまいしました。

人は皆、祝福され、望まれてこの世に産まれてきます。それは、卒業生の皆さんも同様です。しかし、身近に起きた悲惨な震災のことを思うとき、私たちは、命の重みをしっかり受け止め、生かされている命を大切にし、命の限り生き抜き、自分の命や自分自身をこれからも大事にしなければならないと思わずにいられません。自分の命はもちろん、周りにいる方々をも大切にし、力を合わせて、新しい社会を作っていってください。

二つ目は、「次のステージでも、大人になる挑戦を続けてほしい」ということです。本校は、「大人になるための学校」ということを、入学式の時から話してきました。今、皆さんは立派に成長し、すぐに社会に出ても遜色はないように思えます。しかし、現状に満足することなく、より素晴らしい人間、もっと大きな大人になるために、人間性をこれからも磨いていってほしいと思います。

ここで、私の尊敬する作家、伊集院静氏が書いた詩の一部を紹介します。

 上り坂と、下り坂があれば、上り坂を行くんだ。
 甘い水と、苦い水があれば、苦い水を飲みなさい。
 追い風と、向かい風なら、断然、向かい風を歩くんだ。
 どうして辛い方を選ぶかって?
 ラクな道、甘い水は君たちに何も与えてくれないし、
 向かい風の中にだけ他人の辛酸の声が聞こえるんだ。
 真の大人というものは、己だけのために生きない人だ。
 誰かのためにベストを尽くす人だ。
 金や出世のためだけに生きない、卑しくない人だ。
 品性のある人こそが、真の大人なんだ。

皆さん、胸を張り、プライドを持って生きる、真の大人になって下さい。

これからの皆さんの人生を考えると、決して楽なことばかりではなく、自分の思い通りにいかない時もあろうかと思います。しかし、そんなときこそ、その人の真価が問われます。その時に、どう立ち向かうかがその後の人生に大きな影響を及ぼすものです。自分が選んだ道が間違っていないか、と迷う生き方ではなく、進んだ道が間違っていなかったという生き方をすることが大切だと思います。

今後、思い悩む時も、蔵王一中の思い出が、きっと、皆さんを励ましてくれ、蔵王一中での体験が進むべき道を示してくれるはずです。皆さんは、これまで、打ちのめされた苦しさを優しさに替え、悔し涙を逞しさに替えて、成長してきました。新たなステージでも、臆することなく、自分のよさや力に自信を持ち、勇気を持って一歩踏み出してください。

卒業生の皆さん、今日の感動の日を迎えられたのは、、皆さんの活動をいろいろな場面で応援いただいた来賓の皆様方、学習・諸活動を通して支え、導いてくれた先生方、一緒に泣き、笑い、心をぶつけ合ってともに成長を遂げてきた友だち、そして、何より、皆さんを産んで下さり、いつも温かい愛情で包んでくださった家族の皆様。本当に多くの皆様から支えていただいたことを、決して忘れないでください。

保護者の皆様に申し上げます。このたびは、すべての愛情をかけて、慈しみ、育んでこられたお子様のご卒業、誠におめでとうございます。立派に成長されたお子様の姿をご覧になり、感慨も一入かと存じます。義務教育のまとめの三年間、本校に対して、多くのご支援、ご協力をいただき、改めて感謝申し上げます。今後とも、お子様の夢の実現に向けて、寄り添い、見守り、温かく、力強く支えていただければと存じます。卒業生に輝かしい未来が訪れることを、心よりお祈りいたします。

今や、すっかり立派な成長を遂げた、卒業生 百四十二名の皆さんは、私たちの誇りであり、希望であります。その卒業を改めてお祝いし、卒業生の皆さんが、蔵王一中卒業という誇りと自信を胸に、学年の名前のように、どこまでも続く「大空」を、伸びやかに、逞しく羽ばたいてくれることを心から祈念しています。

最後に、卒業生の皆さんへの万感の思いを込め、小山薫堂氏作詩による「ふるさと」という歌を贈ります。

平成二十七年 三月十六日  

山形市立蔵王第一中学校長   佐藤文昭

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蔵王第一中学校ホームページ
(https://www.zaodai1-j.ymgt.ed.jp/)

蔵王温泉で記者会見

皆様へ

蔵王温泉で記者会見し、出馬を表明いたしました。
私の想いを述べさせていただきました。若干長文ですが、掲載させて頂きます。

おはようございます。梅津ようせいです。本日は、お忙しい中お集まり頂きまして誠に有難うございます。また、山形市長選に向けた議員有志の会の皆さま方にもご出席頂き、誠にありがとうございます。

さて、さる5月27日、山形市長選に向けた議員有志の会の皆様方に、来るべき山形市長選挙に立候補すべしとのご要請を頂きました。
頂いた立候補のご要請は、大変重たく、私たちのふるさと山形への熱い熱い思いが伝わるものでございました。まずは、筋を通してお目にかからねばならない方々にお話をしてご相談をさせて頂いて参りました。

その上で、この度、私、梅津ようせいは、来るべき山形市長選挙へ立候補する決意を致しました。すでに、山形市長選に向けた議員有志の会の皆様方には私の立候補への決意をお伝え致しましたことを、合わせてご報告致します。

私は、山形市印役町で生まれました。その後、蔵王地区に移り蔵王地区のふもと、飯田で育ち、現在もここに暮らしております。

本日、皆様に、ここ蔵王温泉にお集まり頂きましたのは、私の出馬への思いをお伝えするに最もふさわしい場所だと思ったからです。
蔵王温泉は、山形の宝です。日本一のスキー場を擁する温泉地帯であり、山形では山寺と並ぶ、全国有数の素晴らしい観光資源の一つでもあります。しかし、今、蔵王は、深刻な風評被害に苦しんでいます。風評被害を受ける蔵王の皆様の苦しみに心を痛めております。

今回、私の立候補に当たってのご報告を、私の原点でもあるこの蔵王の地で行うことで、風評被害の解消に少しでもつながり、蔵王の魅力を改めて県内外の皆様に知って頂く何かの機会になればと思っております。

思い起こしますと、私は30年前。大学進学のためにふるさとを離れ、その後20年間、行政マンとしてのキャリアを積み、2010年、5年前に山形に戻り、参議院議員選挙に挑みました。その際、山形市の5万2千972人の皆様のご支援を頂きました。

その時と、ふるさとを想う気持ちは今も全く変わりありません。

日本中から、そして、世界中から人が集まる県都山形市でありたい。そのために、私は、これまで20数年間培ったキャリアや、ネットワークを活かして、山形市の先頭に立ち働きたい。ふるさとに恩返しがしたい。その思いを、今ますます強くしています。

25年前、アメリカ大統領候補のジェブ・ブッシュ氏夫妻と。左から2番目が梅津
25年前、アメリカ大統領候補のジェブ・ブッシュ氏夫妻と。左から2番目が梅津

私は、5年前の参院選挙後、鹿野道彦先生の農林水産大臣秘書官を務めさせて頂きました。その現場で、日本という国の大本にある農林水産業の大切さを、全国の農林水産業の現場を歩き、多くの人々と語り合う中で学んで参りました。

その後、行政書士事務所を開設し、自営業者として、山形で働く新規事業者、あるいは事業拡大を目指す中小企業の皆さま方の力になるべく働いて参りました。
その中で改めて地域の産業、経済活力を伸ばしていきたい、お役に立ちたいという思いを強く致しました。

また、東日本大震災が発生した時は、自分には果たして何ができるだろうかと、自問自答する日々でした。

大震災が起きた直後には、大臣秘書官として、山形空港に集まるボランティアの方々のピストン輸送の手段確保のため、大臣、県知事や県内選出国会議員の皆様のご指導を頂きながら、調整にあたらせて頂きました。不足したガソリン確保のため、在京の石油大手各社の協力を得て、県内への供給量の倍増確保を実現し、県内の農協や漁協の所有する重油の山形市内の病院へのご提供をお願いするといった仕事にも加わらせて頂きました。山形市在住の皆様のお声を頂き、不足した乳児用ミルク確保のため、農林水産省が動き、メーカーや輸送関係各社との調整を図るといった仕事にもあたりました。
危機の時にこそ、市民お一人お一人の暮らしに寄り添い、その声を受け止め、課題を解決する政治のリーダーシップが重要であると痛感致しました。

震災後も自分は何が出来るのかを自問自答しながら、前職の経験を活かし、防災士として、安心・安全な街づくりや防災ボランティアの活動を行い、高齢者の社会福祉の問題や雇用・労働問題についても行政書士として取り組んで参りました。

政治の最大の役割は、市民の皆様の暮らし、生命・財産を守ることであります。
人口減少問題が深刻化していく中で、また、東日本大震災以来、様々な災害への防災対策が求められる中で、県都山形市が果たすべき役割は日々大きくなっております。

少子高齢化問題や危機管理に関する解決策を即座に提起し、強い街づくり、「山形に住んで良かった」と思える街をデザインしていく、その力が今求められているように思います。

私の掲げる具体的な政策については、子育て支援・教育支援と県内産業育成をパッケージにした総合地域活性化策の策定、文化都市山形の拠点となるモンテディオ山形競技場建設、県と連携したフル規格新幹線の誘致検討、防衛省・外務省で軍縮外交等を行ってきた経験を生かし、国連の平和に向けた国際会議等の誘致などを柱とした「新生山形 将来へのヴィジョン」をまとめ、改めてご報告させて頂きたいと思います。

子どもたちの食の安全、ふるさと山形市の安心・安全を守り、山形の美しい風景を守りながら、環境・防災先進都市山形、そして文化の香り高い創造文化・芸術都市山形を、未来の子どもたちに残していくことを訴えて参ります。

新しい山形市、はつらつとして、たくましい山形市、そして将来に希望の持てる山形市を作るため、党派を超えた、全ての山形市民の皆さまと力を合わせた、「オール山形」の街づくりに取り組んで行きたいと思います。

そのために、山形市民の皆様のお一人お一人のお知恵とお力をお借りしたいと思っております。
私の思いが山形市民の皆様に伝わるよう、誠実に真っ直ぐに、これからの三ヶ月間、対話を続けて参りたいと思います。
山形市民の皆様のご支援をどうかよろしくお願い致します。

本日は、有難うございました。

梅津 庸成

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