活動記録

梅津ようせいの、これまでの記者会見、声明文をこちらのコーナーに掲載しました。
日々の活動の記録も綴っておりますので、梅津ようせいをより身近かに感じていただけましたら幸いです。

蔵王温泉で記者会見

皆様へ

蔵王温泉で記者会見し、出馬を表明いたしました。
私の想いを述べさせていただきました。若干長文ですが、掲載させて頂きます。


おはようございます。梅津ようせいです。本日は、お忙しい中お集まり頂きまして誠に有難うございます。また、山形市長選に向けた議員有志の会の皆さま方にもご出席頂き、誠にありがとうございます。

さて、さる5月27日、山形市長選に向けた議員有志の会の皆様方に、来るべき山形市長選挙に立候補すべしとのご要請を頂きました。
頂いた立候補のご要請は、大変重たく、私たちのふるさと山形への熱い熱い思いが伝わるものでございました。まずは、筋を通してお目にかからねばならない方々にお話をしてご相談をさせて頂いて参りました。

その上で、この度、私、梅津ようせいは、来るべき山形市長選挙へ立候補する決意を致しました。すでに、山形市長選に向けた議員有志の会の皆様方には私の立候補への決意をお伝え致しましたことを、合わせてご報告致します。

私は、山形市印役町で生まれました。その後、蔵王地区に移り蔵王地区のふもと、飯田で育ち、現在もここに暮らしております。

本日、皆様に、ここ蔵王温泉にお集まり頂きましたのは、私の出馬への思いをお伝えするに最もふさわしい場所だと思ったからです。
蔵王温泉は、山形の宝です。日本一のスキー場を擁する温泉地帯であり、山形では山寺と並ぶ、全国有数の素晴らしい観光資源の一つでもあります。しかし、今、蔵王は、深刻な風評被害に苦しんでいます。風評被害を受ける蔵王の皆様の苦しみに心を痛めております。

今回、私の立候補に当たってのご報告を、私の原点でもあるこの蔵王の地で行うことで、風評被害の解消に少しでもつながり、蔵王の魅力を改めて県内外の皆様に知って頂く何かの機会になればと思っております。

思い起こしますと、私は30年前。大学進学のためにふるさとを離れ、その後20年間、行政マンとしてのキャリアを積み、2010年、5年前に山形に戻り、参議院議員選挙に挑みました。その際、山形市の5万2千972人の皆様のご支援を頂きました。

その時と、ふるさとを想う気持ちは今も全く変わりありません。

日本中から、そして、世界中から人が集まる県都山形市でありたい。そのために、私は、これまで20数年間培ったキャリアや、ネットワークを活かして、山形市の先頭に立ち働きたい。ふるさとに恩返しがしたい。その思いを、今ますます強くしています。

25年前、アメリカ大統領候補のジェブ・ブッシュ氏夫妻と。左から2番目が梅津
25年前、アメリカ大統領候補のジェブ・ブッシュ氏夫妻と。左から2番目が梅津


私は、5年前の参院選挙後、鹿野道彦先生の農林水産大臣秘書官を務めさせて頂きました。その現場で、日本という国の大本にある農林水産業の大切さを、全国の農林水産業の現場を歩き、多くの人々と語り合う中で学んで参りました。

その後、行政書士事務所を開設し、自営業者として、山形で働く新規事業者、あるいは事業拡大を目指す中小企業の皆さま方の力になるべく働いて参りました。
その中で改めて地域の産業、経済活力を伸ばしていきたい、お役に立ちたいという思いを強く致しました。

また、東日本大震災が発生した時は、自分には果たして何ができるだろうかと、自問自答する日々でした。

大震災が起きた直後には、大臣秘書官として、山形空港に集まるボランティアの方々のピストン輸送の手段確保のため、大臣、県知事や県内選出国会議員の皆様のご指導を頂きながら、調整にあたらせて頂きました。不足したガソリン確保のため、在京の石油大手各社の協力を得て、県内への供給量の倍増確保を実現し、県内の農協や漁協の所有する重油の山形市内の病院へのご提供をお願いするといった仕事にも加わらせて頂きました。山形市在住の皆様のお声を頂き、不足した乳児用ミルク確保のため、農林水産省が動き、メーカーや輸送関係各社との調整を図るといった仕事にもあたりました。
危機の時にこそ、市民お一人お一人の暮らしに寄り添い、その声を受け止め、課題を解決する政治のリーダーシップが重要であると痛感致しました。



震災後も自分は何が出来るのかを自問自答しながら、前職の経験を活かし、防災士として、安心・安全な街づくりや防災ボランティアの活動を行い、高齢者の社会福祉の問題や雇用・労働問題についても行政書士として取り組んで参りました。

政治の最大の役割は、市民の皆様の暮らし、生命・財産を守ることであります。
人口減少問題が深刻化していく中で、また、東日本大震災以来、様々な災害への防災対策が求められる中で、県都山形市が果たすべき役割は日々大きくなっております。

少子高齢化問題や危機管理に関する解決策を即座に提起し、強い街づくり、「山形に住んで良かった」と思える街をデザインしていく、その力が今求められているように思います。

私の掲げる具体的な政策については、子育て支援・教育支援と県内産業育成をパッケージにした総合地域活性化策の策定、文化都市山形の拠点となるモンテディオ山形競技場建設、県と連携したフル規格新幹線の誘致検討、防衛省・外務省で軍縮外交等を行ってきた経験を生かし、国連の平和に向けた国際会議等の誘致などを柱とした「新生山形 将来へのヴィジョン」をまとめ、改めてご報告させて頂きたいと思います。

子どもたちの食の安全、ふるさと山形市の安心・安全を守り、山形の美しい風景を守りながら、環境・防災先進都市山形、そして文化の香り高い創造文化・芸術都市山形を、未来の子どもたちに残していくことを訴えて参ります。

新しい山形市、はつらつとして、たくましい山形市、そして将来に希望の持てる山形市を作るため、党派を超えた、全ての山形市民の皆さまと力を合わせた、「オール山形」の街づくりに取り組んで行きたいと思います。

そのために、山形市民の皆様のお一人お一人のお知恵とお力をお借りしたいと思っております。
私の思いが山形市民の皆様に伝わるよう、誠実に真っ直ぐに、これからの三ヶ月間、対話を続けて参りたいと思います。
山形市民の皆様のご支援をどうかよろしくお願い致します。

本日は、有難うございました。

梅津 庸成

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