活動記録

梅津ようせいの、これまでの記者会見、声明文をこちらのコーナーに掲載しました。
日々の活動の記録も綴っておりますので、梅津ようせいをより身近かに感じていただけましたら幸いです。

選挙戦2日目

9月7日、選挙戦2日目ハイライト

皆さん、こんにちは。梅津ようせいです。

先日のJCの討論会でも明らかにした点ですが、
私が思い描く政策提言をより多くの市民の皆さんにお知らせできればと思い、選挙戦2日目の朝は、Facebookの投稿からスタート致しました。

まず、「将来の山形について」
「産業対策(農業・商業・工業・観光)について」
「高齢者政策について」
「子育て・教育について」
「サッカー専用スタジアムの建設・スポーツ政策」

そして
「119番問題について」。

私は、山大生の大久保君が亡くなられた時、一市民として消防の対応には納得できず、山形市民として大変申し訳ないと思いました。
わざわざ熊谷から山形に学びに来てくれているのに、助けることができなかった。

そうしたことから、事件の直後に、申し訳ないという思いを伝えたく、大久保君のふるさと熊谷のお墓に行き、手を合わせてお参りしてきました。

市長選など、全く考えていない時でしたし、一市民としてでしたが、そうしないではいられなかったのです。
このことは黙っていましたが、どこからか漏れてマスコミで報道されました。

政治は情。まして、市長は、市民の生命、財産を守る護民官でなければなりません。私は、この思いを忘れないでこれからも対応します。
この事件がきっかけとなって、山形が不名誉な形で報道され、山形で学ぼうとしている子供たちの親にも悪影響を与えてしまったことも良く知っています。
そのことから、私は、自らの政策で、「救急指令(119番)体制のさらなる強化のため、研修プログラムやソフト面対策の着実かつ確実な実施」を掲げました。

その後、選挙戦2日目の朝の第一声は、市役所前街頭演説からスタートしました。弁士には、市川昭男市長、石沢秀夫市議会議長、遠藤吉久先生が駆けつけて下さいました。雨の中、お集まりいただいた沢山の皆さん、本当にありがとうございました。
そして街頭演説のあと、選挙カー「オール山形号」で元気に遊説に出発しました。

一方、スタッフの皆さんは選対会議へ。事実上の選挙戦が昨日からスタートし、わが陣営は、士気も上がり熱気に包まれております。

選挙戦2日目この日は、午後から、大学時代の恩師・小林節先生が東京から駆けつけて下さいました。

先生は、この選挙戦ずっと地元に張り付いてくださいます。なんと心強い援軍なのか!

この日は、個人演説会場を何箇所か恩師と演説をご一緒しました。
ありがたくもあり、恐ろしくもあり。恩師の前での演説は、学生時代のゼミを思い出しました。

最後の個人演説会場は、今はなき父・庄四郎のふるさと、宝沢にもご一緒いただきました。恩師も、父のふるさとを訪れてくれたことを心から感謝しています。

小林先生と共にこの戦いにかける想いをうったえる姿、亡き父にも見せてあたかったなと思いました。母・晴美も演説会で亡き父の地元で訴えました。演説会終了後は、お越しいただいた皆さまにも小林先生と一緒に三人でお見送りさせていただきました。

この戦いは、私の想いを市民の皆様に届けると当時に、山形市の将来、そして山形市の「あるべき姿」を皆様から伺う、対話の一週間でもあります。

三日目以降も、山形市内を全力でオール山形一丸となって駆け抜けて参ります。

2015年9月7日
梅津ようせい拝