応援メッセージ

梅津ようせいの、これまでの記者会見、声明文をこちらのコーナーに掲載しました。
日々の活動の記録も綴っておりますので、梅津ようせいをより身近かに感じていただけましたら幸いです。

小林節(慶應義塾大学名誉教授)・ 長島昭久(衆議院議員)

小林節(慶應義塾大学名誉教授)・ 長島昭久(衆議院議員)



小林節:

慶應義塾大学名誉教授の小林節です。
梅津君の大学時代の指導教授です。
横にいる長島(昭久)代議士は、私どもの研究室で、当時大学院生で
ティーチング・アシスタント。
つまり二人で梅津君を指導しました。

当時の梅津君というのは、はっきり言って「線が細かった」。
とても秀才ですけれども、青白き秀才。
ケンカも弱そうでしたけれども。

それからちゃんと(国家)試験に受かって、上級職の公務員として、
たいへん重要な仕事をして、防衛省で。

それから留学もさせてもらって、ワシントンD・Cでさまざまな知見を深めて、それで帰って来て、役人をしながら、
はっきり言って離婚もしましたし。
それもひとつの経験でしてね。
いまの人間、3分の1は離婚するんですけれどもね。


それで、(参議院)選挙に出てなぜか落ちてしまって、
その後、(農林水産)大臣秘書官として震災の対応などをして、大変苦労なすって。

久しぶりに見たらですね、なんか彼の弱点が全部なくなって(長島代議士、うなずく)、人間として大きくなった。心が太く、深くなった。
きっとこれが、彼が何か大きな仕事をするために熟成して、タイミングが来たんだなと。
指導教授の僕は「偽の親」と言っているんですけれども、偽親としても
「ああ、時が来たんだな」と思いました。
どうでしょうか。



長島昭久:

私も全くの同感で、参議院の選挙に出るといった時、そして戦って。
私も応援に行きましたけれども、まだまだ候補者というよりは
「見習い」みたいな感じでして。


それで運悪く落ちましてね。
それからどうするのかなと思って見ていたのですが、山形から逃げることなく、ずっと地元に張り付いて。
一時、鹿野道彦農林水産大臣から請われて、大臣秘書官をやっていました。
ちょうど、震災の前後でした。

私はアメリカとの関係で、震災の原発処理をやっていたときに、
彼が霞が関にいましたので。
防衛省には相談できないような事を含めてですね、梅津君と相談したりして、
彼も本当に二つ返事で、睡眠を削って随分と協力をしてくれました。


それでその後、また山形に戻って、震災後の活動を山形の皆さんと一緒に
やったという話は聞いてたんですけれども。
どうなっているかなと思っていましたら、今回、そういう皆さんが
震災で頑張っていた梅津君を、なんとか市長にと声を上げてくれたということで。
本当に山形の皆さんは優しい、私も先輩の一人として申し上げたいと思いますし、こんどこそ梅津君はこのチャンスを掴んで(小林教授、うなずく)、
ぜひ活躍してもらいたいなという風に思います。



小林節:

あの、政治というものはいつも言っていますけれども、人間が権力を預かって
多数の人間を幸福にしても、下手をすると不幸にもしてしまうんだけれども、
そういう意味では山形の人々を幸福にするために。

やはり政治は、頭の悪いよりは良いのがいい。
それから人柄は、悪いよりも良いほうがいい。


そういう意味でちょうど、梅津君はそういう時に(あるべき場所に)座っていると思うんですね。


だから是非ぜひ、私も拙いながら応援しますから、想いを遂げてて、そして
我々の期待に応えてほしいです。



長島昭久:

小林先生の応援は百人力ですからね。
ぜひ、その応援を受けて頑張ってもらいたいと思います。
彼は農林水産大臣秘書官を経験しましたから、山形の農林水産業についても
必ずリーダーシップを採っていけると思いますし、防衛省でも活躍しましたから。
第6師団が山形にありますので、そういった防衛省、自衛隊との関係も
彼は充分に引っ張っていける。そういう人材だと思います。

ぜひ、彼には頑張ってもらいたい。
活躍できるよう、私たちも応援しています。



小林節・長島昭久:

頑張りましょう。

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